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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)677号 判決 1977年11月10日

上告人 金城嘉四郎

被上告人 国

訴訟代理人 青木正存

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人下里恵良、同砂川省三、同羽地栄の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、旧琉球政府琉球税関の関税官らが、上告人らの本件輸入物品に対し、旧物品税法(一九五二年立法第四三号、一九五八年一〇月二七日高等弁務官布令第一七号による改正後のもの)一条別表第三類第一三号所定の生鮮魚介類に該当するものとして、同法二条の定めに従い二〇パーセントの物品税を課し、上告人らの納付にかかる税額を収納したことにつき、過失が認められない旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 団藤重光 岸上康夫 藤崎萬里 本山亨)

上告代理人下里恵良、同砂川省三、同羽地栄の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

上告人らの原審における主張を要約すると、琉球政府那覇税関の関税官らが旧物品税法(一九五二年立法第四三号、一九五八年一〇月二七日高等弁務官布令第一七号により改正されたもの)により課税対象から除外されていた、さんま、さば、あじ等(以下「本件各物品」という。)の生鮮魚介類について、これを課税対象品目であると誤解して、本件各物品の輸入業者である上告人らに対して物品税の納付を強制してきた行為は、租税法律主義の原則に照らし明らかに違法であり、かつ、右行為は右関税官らが法の執行者として要求される注意義務を怠つた結果であるから、右関税官らの過失は逸れないというものである。

この主張を受けて、原判決も本件物品はいずれも旧物品税法の課税の対象ではなかつたことを認定したうえで、関税官らが本件各物品に対して物品税を賦課収納したことは、違法である旨の判断を示している。しかるに原判決は、公務員の違法な職務に関する行為があつたとしても、そのことだけで公務員の行為の過失を推認させるものではないとの見解にたつて、右関税官らの過失を否定するに至つている。その論拠とするところによれば、当時、税関内においても本件各物品に対して課税できるとの積極説とこれを否定する消極説とがあり、関税官らとしては米国民政府による課税指示等もあつたので積極説に従い本件各物品に対して課税措置をとることになつたが、積極説にも客観的にみて相当の根拠があつたこと、課税するにつき最大限慎重な検討を加えたこと、根拠法令たる旧物品税法が布令であるということと米国民政府が絶大な権力を有していたこと等の事情により、関税官らが積極説に従つて自らの措置を違法でないと信じたとしても無理からぬものがあつたというべきであり、従つて過失はないということである。

しかしながら、なぜ右のような場合に過失がないといえるのか。また、自らの措置を違法ではないと信じたことが当然のことといえるのか。思うに、租税法律主義とは、租税の種類・根拠を法律によつて定めるだけでなく、納税義務者・課税物件・課税標準・税率等もすべて法律によつて定めなければならないとするものであり、米国大統領行政命令第一〇七一三号第十二節の規定もまたこの理を認めたものあるから、当時物品税法に課税品目として掲記されていない本件各物品を課税対象品目にあたると解釈した積極説は、法律の趣旨に違反し、租税法律主義の原則に違反するものであつて、積極説が客観的にみて相当な根拠を有していたとは到底考えられないのである。この点からみれば、関税官らが慎重な検討を加えれば、加えるほど、積極説がいかに不当なものであるかを理解し得た筈であるし、またそのことを認識しなければならなかつたのである。それゆえ、むしろ逆に関税官らの過失責任は重くなることはあつても軽くなることはない筈である。なお、原判決は、米国民政府の課税指示があつたことを過失を否定する理由に掲げているが、積極説にたつ右課税指示は、法律の規定を無視しており、その誤りは、重大かつ明白であるといえるほどのものであるから、法の執行者としてはむしろその誤りを是正するために必要なあらゆる措置を講ずべき義務を負わねばならないのに、この義務を怠り、自らの課税措置を正当化して、本件各物品に対しては何ら納付義務を負わない上告人らに物品税の納付を強制してきたという事実からすれば、前記の関税官らの責任は重大であるといはなければなるまい。因に、最判昭和四六年六月二六日(民集二五巻四号五七頁)の判決の趣旨を考えると、公務員の過失が否定されるためには、たんに法律解釈について見解が分かれているだけでは足りず、実務上の取扱いも分かれており、かつそれぞれの見解について相当の根拠が認められる場合でなければならないということであり、従つてたんに見解が分かれている場合に、そのうちの一つに従つて職務を執行すれば、その公務員の過失は否定されないということになり、本件についていえば、全く根拠のない前記積極説に従つて課税措置をとつた琉球政府の関税官らの過失に否定されないという結論になる筈である。

以上のとおりであるから、原判決が関税官らの職務に関する違法行為を認めながら、前述の事実関係を理由に過失を否定したのは、過失についての法律(国家賠償法第一条、民法第七〇九条等々)の解釈適用を誤つたものであるというべきである。よつて、原判決は違法であり、破棄されるべきである。

以上

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